最高裁判所第一小法廷 昭和55年(し)39号 決定 1980年4月28日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(最高裁昭和四一年(し)第三九号同年七月二六日第三小法廷決定・刑集二〇巻六号七二八頁)は、被告人が余罪である被疑事件について逮捕、勾留されていなかつた場合に関するもので、余罪である被疑事件について現に勾留されている本件とは事案を異にし適切でなく、その余は、憲法三四条、三七条三項違反をいう点を含め、実質は刑訴法三九条三項の解釈の誤りを主張するものであつて、いずれも同法四三三条の抗告理由にあたらない。
なお、同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合、検察官等は、被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り、刑訴法三九条三項の接見等の指定権を行使することができるものと解すべきであつて、これと同旨の原判断は相当である。
よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(藤崎萬里 団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)
〔特別抗告の趣旨〕
一、原決定を取消す。
二、水戸地方検察庁検察官小川修が昭和五五年四月一〇日付でなした接見指定処分は、取消す。
三、検察官は、弁護人と被告人余罪被疑者山口有利との接見に関し、一切の指定権を行使してはならない。
との裁判を求める。
〔特別抗告の理由〕
第一、準抗告
一、当弁護人は、起訴後再々逮捕、再々勾留されている被告人兼被疑者の弁護人であるが、昭和五五年四月一六日、接見を拒否され、直ちに水戸地方検察庁検察官小川修より具体的指定権の行使を受けた。
二、しかし本件は起訴後であるから、検察官は接見に関する指定権を行使することはできない。よつて同日、弁護人は水戸地方裁判所に対し右具体的指定の取消を求めて準抗告申立をなした。
三、しかるに原審は、昭和五五年四月一七日本件において検察官の接見に関する具体的指定権の行使を認め、準抗告を棄却した。しかし右決定は次に述べるとおり憲法・法律及び判例に違反するものである。
第二、憲法違反
一、そもそも弁護人の接見交通の自由保障は、憲法三四条、三七条三項の弁護人依頼権に当然包含されるものであり、従つてその制限(刑訴法三九条三項)は厳格かつ限定的にのみ、認められるものである。
二、とすれば、起訴後の被告人については、仮に余罪につき再逮捕再勾留されていたとしても、刑訴法三九条三項にいわゆる「公訴提起前に限り」の要件の欠けていることは明白であり、これを無視して接見指定権の行使を認めた原決定は刑訴法三九条三項に違反し、ひいては憲法三四条・三七条三項の認める弁護人依頼権を否定するものであり、重大な憲法違反を犯している。
第三、判例違反
一、そもそも最高裁判所においては既に、
「およそ公訴提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官らは被告事件の弁護人あるいは弁護人となろうとする者に対し、同三九条三項の指定権を行使し得ないと解すべき」(最決昭四一・七・二六)
ものと判断されている。
二、右判断内容は、「およそ公訴提起後」である被告人については、広く一律に「同三九条三項の指定権を行使しえない」とするものである。そして①起訴後再逮捕再勾留された者と、②起訴後再逮捕再勾留されていない者との間には、何らその地位・立場において差違はないのであり、原決定の如く右①②を区別して、①の場合に指定権行使を認めるならば、刑訴法三九条一項の認める弁護人の自由交通権保障の規定は有名無実となるのである。なぜなら、余罪について逮捕勾留があるときは接見指定をなしうると解すれば、検察官は余罪につき単に再逮捕・再勾留をなすことにより、本来自由であるべき被告人・弁護人間の接見を、容易に制限し、その防御権行使をいつまでも制約することができるのである。
三、本件について考えると、被告人山口有利については昭和五五年二月二四日逮捕されてより今日まで、既に五四日間を経過しており、その間二回にわたつて起訴・追起訴がなされており、しかも第一回公判期日は本年五月一五日午後三時と決定されているにもかかわらず、検察官は再逮捕・再勾留、再々逮捕・再々勾留、と起訴・追起訴するたびに新たな被疑者勾留手続をなし、いずれも接見にかんする一般的禁止指定、具体的指定をなし、弁護人の自由交通を排除しているのである。
四、本件では第一回公判期日も間近に迫り起訴・追起訴事実は合計三件に及んでおり、又、事案の性質が収賄という微妙な法律問題を含む事案であるから被告人・弁護人は捜査機関による何らの制約を受けることなく充分な回数と時間をもつて接見する必要に迫られている。ここにおいて検察官による具体的指定権の行使が認められ被告人・弁護人の防御権の行使がなおも制約されるとするならば、もはや憲法三四条・三七条三項で認められている弁護人選任権はその実質を失なうと言うべきである。
五、以上の趣旨から、前記最高裁決定は、
「およそ公訴提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官らは被告事件の弁護人あるいは弁護人となろうとする者に対し、同三九条三項の指定権を行使し得ないと解すべき」(最決昭四一・七・二六)
としているのであつて、この趣旨は余罪について再逮捕・再勾留の存在する場合と存在しない場合とで差違はないはずである。であるから原決定は明らかに最高裁決定に違背するものである。
第四、よつて原決定には憲法・法律・判例の違反が存在し、違法であるから、特別抗告の趣旨のとおり、その取消を求める。なお準抗告の内容、これに対する棄却決定の内容、は別紙のとおりである。
《参考・原決定》
(水戸地裁昭和五五年(む)第一九九号、昭和55.4.17刑事部決定)
〔主文〕
本件申立はこれを棄却する。
〔理由〕
本件準抗告の申立の趣旨及び理由は、弁護人茂木博男作成の昭和五五年四月一六日付準抗申立書に記載したとおりであるからこれを引用する。
そこで判断するに、当裁判所における事実取調の結果によると、被告人は、昭和五五年三月一五日収賄被告事件について勾留のまま起訴され、同年四月七日別件の収賄被告事件について追起訴され、更にその後余罪である別件の収賄被疑事実に基づき逮捕され、同月一〇日勾留されて現に勾留中のものであるが、水戸地方検察庁検察官小川修は、同月一六日別紙指定書記載のとおり接見等に関する指定をなしたこと、が認められる。
ところで、本件のように、同一人について被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留が競合する場合、なお検察官等に接見指定権を認めるべきかどうかについては争いがあるところ、これを肯定するとなると、これが弁護人(弁護人となろうとする者についても同じ)と被告人との間の接見交通権に対する重大な制約となるものであることは所論のとおりである。しかし、そうかといつて、被告人が一旦公訴を提起され、被告人としての立場に立たされた以上、その後はいかなる余罪が生じ、捜査の必要が生じようとも、検察官等の接見指定権を一切認めないとするのも、行き過ぎであると思われる(事件単位に考え、余罪についてのみ接見指定権を認めようという考え方もあるが、現実的ではない)。ここは検察官等にその接見指定権を認めたうえ、当該被告事件の訴訟の進行状況(既に第一回公判期日が指定されているかどうか、それが近接した時期にあるかどうか、現に公判審理中のものであるかどうかなど)、事案の軽重、それまでの接見状況、被疑事件の重大性など具体的な場合、状況に応じ、接見時間の大幅な緩和など特段の配慮をなすことによつて、被告人の防禦権と余罪捜査の必要性との調和を図るのが相当であると考える。(いずれにせよ、接見交通の問題は、迅速処理が要求されるものであり、検察官・弁護人の相互信頼のもとに、自主的に処理されることが望ましい)。
そうであれば、本件の場合検察官に接見指定権が全くないとして、その具体的指定の取消等を求める弁護人の申立は、いずれも理由がなく棄却を免れないものといわなければならない。なお、弁護人は、本件においては、検察官の接見指定権の有無の判断のみを求めているので、ここではその具体的な指定内容の当否の判断には立ち入らない。
よつて、刑訴法四三二条、四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。
(小田部米彦)